桜さく

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レジェンが来てからの2年は。。。Ⅰ

我が家の2年間はレジェンを迎えた事で本当に癒されました。

rr1a.jpgレジェンがパピーの頃

レジェン迎える頃は私達夫婦それにドベの先生である叔父にもなんとか元気になりたくて。。。
レジェンはしっかりその役目を果たしてくれたと思います。

叔父は私達の尊敬するドーベルマンの経験豊かな繁殖者です。

体調崩してから叔父はレジェンと会うたびに元気になりました。

そして靴職人の叔父はレジェンに2009718a.jpg
素敵な首輪を作ってくれました。
他にも。。。。。

叔父はレジェンの性格に惚れました。
会えば目を潤ませ喜んでくれました。

私達はレジェンを迎えてからショーに没頭する事は出来ませんでした。
身内の看護やカイザーの介護。
本当に忙しい2年間でした。

子犬の時期にレジェンとゆっくり歩く事が思うように出来ない状況の主人でした。

成長して自転車運動が出来る時期までは
レジェンと私は近くの公園でショーマナーの練習と散歩。

ショードックとして育てたカイザーはのんびり歩いての散歩は大変でした。
ショーリードならゆっくり歩く事は出来ましたがごく普通に散歩は出来ませんでした。

だからショーだけではなくレジェンには普通にのんびり散歩出来るように思いました。
ショードックとして輝く時期は一生の何年かだと思います。
一緒に生活共にして家庭でのマナーの方が大切だと思いました。

私は叔父の作ってくれた首輪とチョークの革の首輪二つ付けての散歩でした。

カイザーを介護して見送った日は主人がレジェンと早朝ショーに出掛けた日でした。
朝一番のトイレ出ししてカイザーが寝床に戻り食事が出来るまで待っててと声掛けて離れました。

それからまもなくして異変に気が付きカイザーの所に行った時には
カイザーは最後の大きな息をしてすっーと力抜いて逝ってしまいました。

ショードックとして輝いた時期をカイザーは忘れていません。
すっかり出なくなった歳にショー会場に連れて行ったら目を輝かせ凛としたカイザーを見ました。
カイザーはきっと前日から主人がショーの荷物積むのをじ~と見ていました。
行きたかったと思います。

カイザーの体から力抜けた時に
「さあ~お父さんの所に行きなさい、ショーに・・・」
声掛けながらカイザーにショーで手入れして最後に掛ける香りの良いスプレーをかけました。

それから間もなく主人から会場に着いたよと電話がありました。
何かありますか?の言葉に
大丈夫なにもないから頑張ってくださいね。。。。

主人が戻ったのは夕方でした。

戻った主人にカイザーの事伝えました。
何で待っててくれなかったのとカイザーに話していました。

私はカイザーは行ったと思いました。

それは後で主人が会場に着いてからレジェンを出して歩き始めたら
何でもない状態なのにコケそうになったと言いました。

素人ハンドラーの私達を文句も言わずに付き合ってくれたカイザーでした。
ドライブ大好きなカイザーでした。

「ありがとう」
「またいつか生まれ変わって戻って来て」
カイザーに最後の贈る言葉。









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  1. 2009/07/18(土) 17:08:00|
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