桜さく

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

レジェンが来てからの2年。。。そして。。。。

6月1日はカイザーの命日でした。

もう1年たったとは思えませんでした。

振り返るとカイザーが立って嬉しそうにこちらを見ているのが思い出されます。



5月16日に断耳して1週間ほどで抜糸して傷が治ったら耳立。
何度も経験している事。

でも今回は耳立後外れたら私がひとりで貼り直す。
殆ど主人の役目と思って来たから耳立を真剣に改めて確認した。



手術は無事に終わり。。。。
次の日主人は起き上がり検査。
手術は成功でした。

経過が良いので24日に退院出来ました。
でも退院後は次の検査まで家では安静でした。

入院から退院して主人は3週間安静の日々。
私は犬達の管理。

今思い出すと。。。。1日24時間が足りませんでした。
動いても動いてもあっと言う間の1日でした。
汗はこんなに出るかと思うほど。。。。

3週間後に病院で検査をしました。
主治医からもう普通の生活にして大丈夫ですの言葉にやっとほっと出来ました。

もうこれで何にも心配はない状態になれました。
長年ヘルニアの診断から専門医の所に行って違う病名が分かりました。
手術しかない。
この事は叔父には話しませんでした。
話していたら叔父は繁殖の夢を諦めていたでしょう。

犬舎でのあの笑顔。2009410a.jpg

ドベ仲間には一切話していないので叔父はこんな病人が繁殖やってるとは思っていないだろうなあ~
と満足そうに言っていました。

仔犬達もすくすく大きくなっていました。

目を細めて仔犬達を見たであろう叔父は居ません。。。。

大きくなったのを見てくれる叔父は居ません。

もう私達にドベのアドバイスしてくれる叔父はもう居ません。

難しい手術の成功を叔父は天国できっと見守っていたのだと思います。

叔父は主人の入院の何日か前に亡くなりました。

2年前に入院して手術した叔父は退院後元気に頑張っていました。
定期的な検査はしていましたが詳しい事は家族から聞きませんでした。

叔父の体調は昨年秋には。。。。

でも叔父は繁殖の夢を諦めずに前向きに考えていました。
夢を叶えてあげたい
それでどうなるか不安は一杯でした。

仔犬が産まれた時は神様は居るのだと思いました。

叔父の嬉しそうな顔。

でもすでに体は痛みに耐える毎日だったそうです。
犬舎では叔父は椅子に座って仔犬を見て叔母が世話していたそうです。
私が行くと叔父は普通に動いて世話していました。

頑固で我慢強い弱音を一切言わない叔父。

長年耳切りと耳立をより良いやり方を求めいつも心血を注いでいました。

今回の仔犬達もきっと手術に立ち会っていたでしょう。
でも叔父から断耳は立ち会えないから頼むと連絡がありました。
体の不調がかなりの所まで来ていると感じました。

手術の予約をして仔犬達を引き上げてからまもなく叔父はあれほど病院嫌いのはずなのに。。。
自ら病院に行き入院しました。

入院の前日電話での叔父はドベつくりについて話してくれました。
調子が良くなったら退院するつもりの叔父でした。

痛みが増して行く叔父に薬の投与で痛みを和らげる日々。


仔犬達の写真を撮りました。
叔父にその写真を見せたら目を輝かせて見ていました。
写真見ながらうなづいていました。
とっても満足そうでした。

痛み止めの薬もまして。。。。
行ってもうつらうつらしていました。
携帯で耳立した仔犬の写真を見せたら「ほっ~」と言って見入ていました。
私が帰る時に声掛けたら叔父は手を振ってくれました。
叔父との会話はそれが最後になりました。
その後叔父の携帯に写真送っても、もう携帯を持つ事も出来なかったそうです。

叔父の通夜でお経もすべて終わり最後にお坊さんよりお話がありました。

いつかは皆さん死にます。
故人の供養をきちんとするという事は生前故人がやっていた事を良く思い出して下さい。
故人がしていた良い事の意志を受け継ぐ事なのです。
そしてまた次に。。。と
そう言うことなのです。

その話を聞いて叔父が最後まで素晴らしいドベつくりを見せてくれました。
叔父の意志を継いで行くことなのだと思いました。

告別式には主人は出られませんでした。
その二日後に入院しました。










[レジェンが来てからの2年。。。そして。。。。]の続きを読む
スポンサーサイト
  1. 2009/07/30(木) 17:40:08|
  2. 未分類

レジェンが来てからの2年。。。。Ⅳ

6月はあっと言う間に過ぎ去りました。

涙と大汗。。。。

叔父に断耳が終わったと連絡しました。
上手く切れたか。。。牡は長めか?と聞いて来ました。
牡を叔父は気に入っていました。

体調が悪くなければ手放したくないという言葉に
夫婦で相談して牡を我が家に残す事に決めました。
牝2頭のうち1頭は縁があったお宅に決まりました。
そして牝も我が家に。
叔父はそれを聞いてほっとした顔でした。

主人の入院日、手術の日が決まりました。

090614_1959~0001


ここの側の大学病院に入院。

脊柱管狭窄症の手術は専門医にすべてお任せするだけ。。。。。

ただ神様にお願い。

  1. 2009/07/29(水) 17:33:53|
  2. 未分類

レジェンが来てからの2年。。。。Ⅲ

2009年元旦  今年はどんな年に。。。。

叔父からの連絡は私達にお願い事でした。

それは連絡があると思っていた内容でした。

でも叔父の体調を良く考えて先に叔父の家族にこちらから連絡していました。

叔父の存在は私達のドベの先生であり父親の様な存在。

初めてドベ飼い始めた時から管理全般アドバイスしてくれました。
質問内容も今思えば笑える事ばかり。

ドベは毎日コツコツと管理が大切でありやっているかどうかは
犬を見れば分かると叔父が言っていました。

素晴らしいドーベルマンと巡りあえる事に情熱を燃やし続けている叔父。

ドーベルマンの話を始めたら何時間でも話は尽きない人。

そんな叔父を尊敬しています。

叔父にはこちらから色々アドバイスしてもらうだけで何か頼む事はありませんでした。

叔父の願いを叶えてあげたいと心から思いました。

でも叔父の体調を考えると諦めた方がよいのか夫婦で迷いましたが
どんな事があってもこちらで引き受けるから。。。と叔父と約束しました。

そして2か月。

叔父の願いは叶いました。

レジェンは繁殖の為に迎えたつもりはなくショーで楽しめたらと
叔父が元気になる薬の様な存在。

長年の繁殖者として体調悪くなる前に残していた牝と繁殖でした。

叔父の体調が心配でしたが仔犬が産まれました。
レジェンが父親です。

連絡を受けて見に行くとしっかりした仔犬達。

とっても嬉しそうな叔父の久々の笑い顔を見る事が出来ました。
ただ頭数が少なかったと叔父は不満をもらしていました。

神様は叔父の体調を気遣って。。。。。。200939a.jpg

三頭元気に産まれました。
初産でも母犬は母性本能が強くとっても良く仔犬達を面倒見ていました。
頭数少ないのでお乳も沢山飲んで断尾の時に病院に連れて行ったら
獣医さんが仔犬の成長にびっくりしていました。

それから仔犬達の成長を見に行きました。

行く度に驚かされる仔犬の成長。
十分飲んでいるお乳で体はパンパン。
とっても楽しい時間を叔父と過ごせました。
叔父もまたショーで引くか。。。と言うほど喜んでいました。

4月のアジアインターは主人が引く事にしていましたが
早朝の練習で腰の激痛で断念。
私が引きました。
久々の単独システムでしたが叔父には良い結果は伝える事は出来ませんでした。
叔父はゆっくり犬はつくれば良いから心配ない。

レジェンの4歳の姿を見たいといつも最後に口にします。
きちんと管理していれば充実した4歳の牡はすごいぞ特にレジェンは楽しみだ。。。。

主人の腰はかなり悪くなっていました。
普通に歩く事もかなりぎこちない歩き方でした。

5月の連休過ぎには叔父の体調も思わしくなり。。。

ドラゴンハットのショーでレジェンのショーは暫くお休みになりました。

成長した仔犬達の断耳は叔父が立ち会う事が無理なので
こちらで引き受ける事にしました。

5月の12日から3頭我が家に。2009516a.jpg2009514aa.jpg



サブリナが居る犬舎に仔犬達が入り。。。。サブちゃんは家の中になりました。本人喜んでる。

場所が変わっても3頭一緒なので元気にしていました。
何日かして断耳の手術を無事に済ませました。

主人は腰の手術の予約しました。

仔犬増えて主人の手術。
先の事考えるだけでも。。。どうなるのか

でもどうにかなるでしょ~流れのまま

私が元気に動けるから大丈夫!
こんなに元気に動ける事に神様に感謝!










  1. 2009/07/29(水) 17:14:53|
  2. 未分類

レジェンが来てからの2年は。。。。Ⅱ

アールは叔父の繁殖犬です。

アールを迎えたのは、アメリカから来た牝を預かってまたアメリカに行くことが決まった頃。

私達が到底手に出来る事はない様な構成のドベでした。

夢の目標以上のドベはアメリカに普通に居るんだと預かった時に思いました。
毎日管理するのが楽しくてとっても良い経験の日々を送りました。
私達夫婦にとって忘れられない経験でした。

預かる時にまたアメリカに行く事を聞いていましたのでその日が近くなりました。

没頭していた私の気持ちを察して主人は叔父の所ですでに産まれて残していた子犬を
連れて来ました。
アールです。

アメリカに戻った預かりの牝との別れはかなり辛かったです。
他にドベ何頭も居るのに別れは辛いものでした。

アールは生後5か月前に我が家に来ました。
PDの審査会とJKCのショーにそれぞれ1回出しましたが。。。。
幾つか気になる所がありそれからは普通に管理していました。

テンションが1から一気に10まであがるこの性格をどうにかしたくて
レッスンを始めました。
すぐには変わる事もなく。。。。
でも諦めずにコツコツやっていました。
競技会の世界に。。。。
トレーニングチャンピオンになる為のカードを気にし始めたのは
叔父が体調悪くなったのがきっかけでした。
アールにも何か輝く事見つけてあげたい。
叔父に喜んでもらいたいと。。。。

競技会の審査を受ける自分はいつも神頼み亡くなった父親にも。。。
アールを信頼して何枚かカード取れました。aru18a.jpg

信頼関係の絆つくりは競技会に出て良く分かりました。
指示出す事無く犬との絆は感じるんだと分かりました。

レジェンの他アールも頑張ろうと感じた2年でした。

自分の気持ちが分かったのかアールの目も変わってきました。
甘える事が少ないアールと思っていたのにベタベタ甘えて来ました。
イケナイの一喝の言葉にゴメンナサイの反省の態度。
アールは集中するタイプ。
ショーだけでなく競技会での楽しみ方を体験出来ました。

チャンピオン完成の最後の1枚を。。。。
以前ブログに書きましたが逃しました。
叔父はとってもがっかりしていました。
原因は今まで同行していなかった主人が居たから。。。。
主人に怒る気持も起こらず、ただ笑えました。

主人はレジェンが来た頃に何年も前から腰痛に悩まされて検査や通院していましたが
いよいよ腰痛の日帰り手術をするか。。。と専門医に診てもらったら
普通の腰痛ではなく全く違う病名でした。
今まで行っていた病院の検査は何だったのか唖然としました。
ヘルニアではありませんでした。
歩けなくなったら手術しかないと診断でした。

仕事の関係や他にも色々あり手術は先延ばしになっていました。

レジェンのショーマナーの練習は殆どやれていない主人でした。
体調の良い時はショーに出ていました。

昨年の12月の東京インターの記念写真。20081221aa.jpg

日頃のマナーの練習は私がしていましたがレジェンは主人が大好きです。
だからリンクの中でのレジェンの表情は主人が引く方が良い見たいです。

カイザーも父さん命の子でした。
きっとレジェンも。。。。

でもアールも同じ表情で競技会で主人の所に飛んで行ってしまいました。
犬と孫に好かれる主人には勝てませんが犬達は私の指示はきちんと聞いてくれます。
主人には???


今年の元旦にレジェンと主人と散歩に。
今年こそは主人はきちんと体を治すと目標にしました。

レジェンには暫くショーは出られる時だけでこれまで通り我慢してもらう事に。。。。
200911aa.jpg
1月25日で2歳に。。。

そしてこの日に叔父から連絡が。。。。
  1. 2009/07/26(日) 13:37:47|
  2. 未分類

レジェンが来てからの2年は。。。Ⅰ

我が家の2年間はレジェンを迎えた事で本当に癒されました。

rr1a.jpgレジェンがパピーの頃

レジェン迎える頃は私達夫婦それにドベの先生である叔父にもなんとか元気になりたくて。。。
レジェンはしっかりその役目を果たしてくれたと思います。

叔父は私達の尊敬するドーベルマンの経験豊かな繁殖者です。

体調崩してから叔父はレジェンと会うたびに元気になりました。

そして靴職人の叔父はレジェンに2009718a.jpg
素敵な首輪を作ってくれました。
他にも。。。。。

叔父はレジェンの性格に惚れました。
会えば目を潤ませ喜んでくれました。

私達はレジェンを迎えてからショーに没頭する事は出来ませんでした。
身内の看護やカイザーの介護。
本当に忙しい2年間でした。

子犬の時期にレジェンとゆっくり歩く事が思うように出来ない状況の主人でした。

成長して自転車運動が出来る時期までは
レジェンと私は近くの公園でショーマナーの練習と散歩。

ショードックとして育てたカイザーはのんびり歩いての散歩は大変でした。
ショーリードならゆっくり歩く事は出来ましたがごく普通に散歩は出来ませんでした。

だからショーだけではなくレジェンには普通にのんびり散歩出来るように思いました。
ショードックとして輝く時期は一生の何年かだと思います。
一緒に生活共にして家庭でのマナーの方が大切だと思いました。

私は叔父の作ってくれた首輪とチョークの革の首輪二つ付けての散歩でした。

カイザーを介護して見送った日は主人がレジェンと早朝ショーに出掛けた日でした。
朝一番のトイレ出ししてカイザーが寝床に戻り食事が出来るまで待っててと声掛けて離れました。

それからまもなくして異変に気が付きカイザーの所に行った時には
カイザーは最後の大きな息をしてすっーと力抜いて逝ってしまいました。

ショードックとして輝いた時期をカイザーは忘れていません。
すっかり出なくなった歳にショー会場に連れて行ったら目を輝かせ凛としたカイザーを見ました。
カイザーはきっと前日から主人がショーの荷物積むのをじ~と見ていました。
行きたかったと思います。

カイザーの体から力抜けた時に
「さあ~お父さんの所に行きなさい、ショーに・・・」
声掛けながらカイザーにショーで手入れして最後に掛ける香りの良いスプレーをかけました。

それから間もなく主人から会場に着いたよと電話がありました。
何かありますか?の言葉に
大丈夫なにもないから頑張ってくださいね。。。。

主人が戻ったのは夕方でした。

戻った主人にカイザーの事伝えました。
何で待っててくれなかったのとカイザーに話していました。

私はカイザーは行ったと思いました。

それは後で主人が会場に着いてからレジェンを出して歩き始めたら
何でもない状態なのにコケそうになったと言いました。

素人ハンドラーの私達を文句も言わずに付き合ってくれたカイザーでした。
ドライブ大好きなカイザーでした。

「ありがとう」
「またいつか生まれ変わって戻って来て」
カイザーに最後の贈る言葉。









  1. 2009/07/18(土) 17:08:00|
  2. 未分類

もう夏休みですね。。。。

気が付けば。。。夏休みになっていました。

すっかり忘れていました。サブリナの8歳の誕生日♪

写真は撮ったままでした。

サブリナの誕生日の日は同じ歳のお友達の命日なので次の日にお祝いしました。

2009517a.jpg

いつもの私のへたなお祝いのケーキ。

プレーンヨーグルト沢山イチゴ8個
サブリナ8歳になれた事もう8歳になったと言うよりもなれたんだなあ~と感じます。

何度も手術してもうだめかと思いました。
訓練らしい事をアールをやりながら始めたら少し理解してくれました。

2009517b.jpg

飼い主にめちゃめちゃ甘えて知らない人にはバリバリアンテナ張り巡らしてる。

いつまでも元気でね。
2009517c.jpg


  1. 2009/07/18(土) 15:44:12|
  2. 未分類

プロフィール

Author:pakira820
FC2ブログへようこそ!

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

このブログをリンクに追加する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。